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2018.08.28
大商人らの投機的な買占め
女一揆 米騒動から100年 (上)
 
 「女一揆 米騒動から100年」が、今年だ。1918(大正7)年7月22日、富山県漁津の漁師の女房たちの井戸端会議での話し合いから、天井知らずの米の暴騰への不満が陳情行動へと駆り立てた。働いても働いても喰えない現実の生活へのいらだちと怒りであった。米騒動の背景には、第一次世界大戦、ロシア革命に干渉するシベリア出兵を日本は連合国と実行、そこで、米価高騰を期待して米穀大商人の投機的買い占めで米価は暴騰した。漁民の女房、農民、労働者たちが立ち上がり米騒動は全国へと飛び火していく。

 
米価の騰貴の事情 第一次世界大戦、ロシア革命に干渉するシベリア出兵
 第一次世界大戦に日本は連合国側で参戦、これが国内にリベラルな風潮を与える一因となり、日本資本主義は未曽有の好況を経験した。日本は戦禍を受けず軍需・民需品の受注で工業生産が進み、戦前と逆に工業生産額が農業生産額をはるかに凌ぎ日本経済に多額の利益をもたらし、成金が輩出した。しかし国民大衆は物価高騰、とくに米価高騰で貧しい生活を強いられた。

 1918年8月2日寺内内閣はロシア革命に干渉すべくシベリア出兵を決定、米価高騰を見越した米穀大商人の投機的買占めで米価がいち早く一石40円(1升40銭)以上に高騰し、北海道・樺太の商人の米の買い占めで富山県内の港から大量の米の積み出しにより、米価は天井知らずの暴騰を示した。

富山魚津で米騒動始まる マスコミの果たした役割も大きい
 主食の米価が上がったらたまらない。富山の漁村の主婦たちが立ち上がり、遂に米騒動が勃発。「越中の女一揆」として新聞に載った。7月18日頃毎夜、魚津の漁民の主婦たちが、「米をよそにやるから高くなる。ジョーキに米を積ませんようせんまいけ」と話し合い、米騒動の火ぶたを切る。23日、朝北海道に米を移出するため沖合に来ていた船に米を積ませない請願に漁民の主婦たち46人が海岸に集まったが、いち早く察知した警官が解散させる。

 退散後、漁民の主婦たちは米運びの仲仕たちに、「あんたらが米を積みだすから高くなる。どうしてくれんがいね」と泣き罵る作戦に出た。さらに魚津町の米穀商店を訪れ、「米をよそにやらないで」と懇願した。

 この経緯を『富山日報』『北陸タイムス』が報道、全国に配信された。

 7月27、28日東岩瀬町(現富山市)、8月2日泊町(現朝日町)で婦女たちが救助哀願を協議した。高岡市でも米を大量に保有する個人宅に米小売業者が米の売渡を迫るが物別れとなる。3日、西水橋町(現富山市)で漁師町一帯の主婦170余名が海岸に集合、4日東水橋町(現富山市)で漁師町一帯の主婦170余名が海岸に集まり、米屋や米所有の有志宅を訪ね窮状を訴え救助を請願したが、警察官が解散させた。

 当時の『高岡新報』、『北国新聞』、それを受けた「県外紙」に見られる新聞報道には「一部に過激と誇張が見受けられる」と記録されている。

滑川で米騒動 2000名超と大規模化
 夏8月滑川。1月に1升24銭の米が6月に30銭となり、生活を切り詰め藤表など内職で頑張ってきた町民たちの生活はついに限度に達した。当時日給(10時間労働)は、男50?70銭 女20?30銭で、女が一日働いても米1升が買えない。7月、8月は鍋割月と言われる不漁の生活難の時期で、夫を出稼ぎに出しその日暮らしの漁民主婦たちはついにたまりかね、8月5日より米商人宅に出かけ米の移出中止と廉売を要求し、これに一般町民も参加しだした。

 6日役場に押し掛け、一方で米の船積みを阻み、夜は金川宗左衛門商店へ2000名近くの町民が押し掛け、郡長の説得演説もヤジで中止となった。7日町会が救済を決議。夜、金川商店に集まった町民たちの主たるものに警察は白チョークをつけリストを作った。8日米の船積みは阻止されたが、滑川警察署はリストの者22名を逮捕留置した。夕方警察本部長が応援巡査を引き連れ来滑し、総勢50余名の巡査を要所につけた。

 当夜警察へも1000名を超す町民が釈放を求め押し掛け、翌日留置者は釈放された。10日から10月15日まで内外米廉売救済が始まり、断続的に翌年3月まで救済が行われた。この資金には町内有志寄付金及び恩賜金、全国篤志者寄付分配金が充てられた(参考『滑川市史』)。

政党内閣の誕生 そして、21世紀の課題は
 滑川の米騒動が全国各地の新聞に報じられ、8日富山市、9日名古屋市、10日京都市ほか、11 日大阪市ほかで起き、米騒動は全国1道3府38県43 市187町206村で起こり、9月に寺内内閣が倒れ、原敬政党内閣が生まれるなどその後の社会運動、農民運動、文化運動に大きな影響を与え日本の歴史を画する事件となった。

 米騒動の起爆は富山の浜の女たちであり、歴史上最大の民衆蜂起で飢えた民衆の怒りだった。米騒動を機に富山県では社会運動や普選運動が活発になったが社会の矛盾が噴出している今、国民の怒りに火をつける21世紀版『米騒動』はいかに。
(富山 野徳賢司)

    

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