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2018.12.11
辛淑玉連載 たんこぶ
『ミケランジェロと金城実』
    〜見透かされる怖さ〜 (下)
連載第559回
 金城実というと、チビチリガマの彫刻が思い浮かぶ人も多いだろう。

 遺族とともに作り上げ、何度も壊された「世代を結ぶ平和の像」は、私には正視できないほど怖かった。そこに立つと、殺された者たちの声が聞こえてくるような錯覚を覚えるからだ。

 誤解を恐れずに言えば、私の中で、作品とその作者(酔っぱらいの金城さん)が、どうしてもつながらない。彼の作品からは、見る者を鷲掴みにする狂気さえ感じてしまう。

 ルーブル美術館にあるミケランジェロの『抵抗する奴隷』は、筋骨隆々、縛り上げられた腕や背中に盛り上がる筋肉が見る人の目を引く。しかし、一般に奴隷の体格は細く、栄養状態も良くない。そして、死といつも隣り合わせだ。ミケランジェロの奴隷は現実とはかけ離れているが、それは抵抗する魂が体を通して表現されているのではないか、と気がついた。

 金城実の「恨( ハン)之碑」も、同じように、抵抗する魂が肉体として表現されていたのだ。初めて目にしたときは、朝鮮人の歴史が誇らしく思えた。ミケランジェロとの違いは、泣き叫ぶオモニ(母)の声や、武力でしか支配できない旧帝国軍人の卑屈さまでが、死者の声とともに聞こえることだ。

 抵抗の文化や芸術には、世界のいたるところで出会うことができる。ケーテ・コルヴィッツ美術館に展示された、まさに抵抗でその生涯を終えた彼女の作品もまた見るものを圧倒する。

 それらと触れ合って初めて、金城実はムーダン(イタコ)なのだと確信した。金城実の体を通して、死者の魂が彫刻となって世に現れてくる。

 金城実が恐れられているのは、単に暴力的酔っぱらいというだけでなく、触れ合う人が「見透かされる」と感じるからだ。

 日本の外に出れば出るほど、価値あるものとは何かが、嫌というほど見えてくる。そう、「抵抗」は人類の財産であり、芸術家は歴史の証人なのだ。

 金城実の本を書くというのは、自分の力量を考えるとあまりに無謀でめまいがするが、沖縄に対する私の人生の答えとして、なんとか書き上げたいと思っている。



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