今週の新社会

「3.11」から10年 下
過度な緊張と未来への不安 神経をすり減らす

2021/03/23
避難者の苦しみ

 原発事故による避難者は決して、「よく来た、来てくれた」と歓迎されるゲストとして親戚や友人宅を訪ねたのではない。

 いつも、「回りの迷惑になっていないか?」という自責感を抱きながら、他県の土地やよそのお宅を転々としたのだ。これが「帰る土地を失った」人々の実態である。それは過度な神経緊張を強いられる日々である。

 帰還困難の村の人たちに呼ばれて南相馬市の体育館で講演したときのことだ。終わってから、皆さんがちぎったガムテープを持ちながら、髪の毛一本も残さないように床をぺたぺたとやり始めた。

 皆さんにとってはいつものことらしく、お互い口も利かず当たり前のようにペタペタ作業をしておられた。鈍感な私でさえ、避難している人たちは隣の町の人や施設に対して、文字通り髪の毛一本残さないように気づかいされているのだと心打たれた。(後日、そこに来ておられた通院患者さんが自殺された)

 このように、知らない土地で、隣近所も知らない人たちの中で、話す言葉も違っていて、「東電からたくさんの金をもらっているのだろう」と思われてはいないかと気を使い、車が福島ナンバーであるので悪く思われているのではないかと疑心暗鬼し、何よりも経済的に苦しい。

 更には確かな未来が見えないので、未来についての不安がいつも頭に入ってくる。過去のトラウマ記憶が現在に侵入してくるフラッシュバックだけでなく、未来についての不安も今に侵入してくるフラッシュフォワードにも苦しめられる。
 
「頑張ろう福島」

 大切な人や物をなくした時には、悲哀の仕事というプロセスを経なければ再起できないとフロイトは言う。つまり、しみじみと悲しみ、怒り、泣いて、トラウマ体験をそしゃくし、反すうしなければ真の意味での回復は来ないという。

 翻って福島県では、「放射能が怖い」というと、「まだそんなこと言っているのか」と叱られる。これは、つまり「がんばろう」路線の延長であり、事実を見ようとしない。事実を直視しなければ、何度でも失敗を繰り返すのである。泣くことや怒ることを日本人は抑制してはいけない。