鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

アイヌ新聞の誇り 第58回

2021/06/15
 北海道で暮らしていないこともあって、アイヌについて考えることは日常的にはほとんどない。しかし、北海道に住んでいないからといって無関心だったのは恥ずべきことだ。

 というのもテレビでタレントが「アッ、″犬″が来た!」とやってのけて、いまだにバカげた差別が根深く残存していることを知らされた。在日韓国・朝鮮人へのヘイトスピーチとおなじように、加害の歴史と責任に無知は、恥ずかしい。

 知里幸恵が書いたものを読んだり参院議員だった萱野茂さんを二風谷村のお宅に訪問したりしたが、それだけに終っていた。

 最近になって『大地よ!アイヌの女神、宇梶静江自伝』の著者に、たまたまお会いしたりして、無関心に過ぎてきた時間を反省した。米寿になられた宇梶さんは、まだ新しい仕事をはじめようとしていて驚異的だ。

 最近刊行された合田一道『「アイヌ新聞」記者高橋真』(藤原書店)は、「十勝新聞」の給仕から出発してアイヌのための言論活動をつづけた人物の評伝で、まったく知らなかった世界が描かれている。

 「あいつ、アイヌのくせに、よくやるな」が、給仕から記者に登用された理由だった。取材にいくと「ここはアイヌのくるところではない」と追い返された。屈辱的だ。「私はアイヌだが、新聞記者だ」と反論したという。

 戦後になって高橋は謄写版刷りの「アイヌ新聞」を発行する。創刊号にこう書いている。「日本の敗戦は逆に日本人の幸福を招く結果となって、今やアイヌ同族にも真の自由が訪れ、我々アイヌは解放されたのである」

 高橋はマッカーサーに手紙を書き、北海道旧土人保護法によって、アイヌ民族が土地を収奪されている現状を訴え、北海道庁がアイヌ政策に万全を期すように「『喝』を注入せられん事を」と結んでいる。

 旧土人保護法は、明治32(1899)年制定、廃止が1997年7月だったから、ほぼ百年に亘ってアイヌ民族を苦しめてきた。一人のジャーナリストの苦闘の歴史は、アイヌの誇りであろう。