鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

公害と私害 第73回

2021/10/13
焔炎々 波濤を焦がし
煙濛々 天に漲(みなぎ)る
天下の壮観 我が製鉄所

 八幡市(現北九州市)の市歌の一節。煙は工業化・近代化の象徴だった。

 「この天の虹」。八幡製鉄所を舞台にした、木下恵介の映画のタイトルだが、高炉やコークス工場から立ち昇る噴煙は「七色の煙」とも言われていた。

 八幡市は、降下煤塵量日本一だった。八幡製鉄所はいまは休止したが、官営製鉄所として建設された、日本製鉄の主力工場だった。

 実はわたしはここの東田高炉工場で、日雇い労働者のひとりとして働いたことがある。仕事が終わって工場内の共同風呂にはいる。タオルの端をねじって鼻穴に突っ込むと、粉塵で真っ黒だった。

 労働者は粉塵やガスで職業病、市民は公害で喘息患者になった。児童が描く絵の海や空は真っ黒で、けっして青のクレヨンは使われなかった。「カネと命の交換(鋼管)会社」とは、日本鋼管(現・日本製鉄)の労働者の自嘲だった。

 60年代の日本列島を覆った公害は、根ばり強い住民の反公害闘争によってほぼ終息した。「公害輸出」として、アジアへの工場侵出も大きかった。 

 石炭から石油へ「エネルギー転換」しても、チッソの水俣病は拡大していた。さらにそのあと、「原子力時代」が喧伝され、無謀、危険極まりない、利益追求がまだ終了していない。

 これから、爆発した福島原発の膨大な量の汚染水が海に放出されようとしている。このなかにふくまれている核物質クリンプトンは、まだ建設中( 30 年たっても完成の見通しはない)の青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場からも、放出が予定されている。

 60年代。あれほど公害が住民を苦しめ、死者を出し、経済的に圧迫し、社会を不安にしたのにもかかわらず、いま世界最大の公害源・原発を平然と押し進める、自公民政府、政治家、電力会社、科学者、広告会社の欲望は、犯罪的だ。

 この私欲は私害であり、社会秩序を破壊、経済的に打撃を与える公害だ。脱原発を総選挙の主要なテーマにしよう。