鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

調子に乗りだした自民党右派  第99回

2022/05/11
  ドキュメンタリー映画「教育と愛国」(斉加尚代監督)をみてから、自分が受けた教育を考えている。愛国者の少年版「少国民」を育成する「国民学校」1年生を3カ月。その年の8月敗戦。学校は「小学校」にもどった。 

  「ススメ ススメ ヘイタイススメ」の軍国教育が終わった。疎開先から帰って、製本されていない、印刷しただけの全紙大「教科書」が配給された。ページの端をナイフで切って使った。兄たちは軍国的な記述を「墨塗り」して使っていた。 

  軍国主義教育を押し進めた全国一律の「国定教科書」は、廃止された。教師たちが自分で教科書を選べる、自主選定の時代になったのだ。

  「民主教育」のはじまりだった。 

  それまで、わたしは靖国神社の支社ともいえる、田舎の護国神社の前で、かならず両手をズボンの折り目につけ、最敬礼してから通り抜けていた。「軍神」(戦没者)への敬意が身についていたのだ。 

  この映画では、1999年の「国旗及び国歌に関する法律」施行が、教科書検閲のメルクマールとなっている。政府は日の丸、君が代を「国旗」、「国歌」として強制しない、と確約していた。が、教育基本法に「愛国心」が盛りこまれたり(2006年)、日本維新の会が権力を握る大阪府の議会で、国旗国歌条例が成立(2011年)されたり、日本会議などに集まる右翼政治家たちの攻勢が強まった。 

  その前からも、教科書調査官による検定は厳しくなっていた。家長三郎の教科書裁判や丸木位里・俊の「原爆の図」排除などがあった。 

  わたしも『狙われた教科書』( 光文社、1981年刊)で紹介したが、岸本重陳横浜国立大学教授の「帝国主義」の記述が、「一般的ではない」と忌避されたり、言論弾圧は2020年10月の日本学術会議の新会員排斥に至るまで、横暴甚だしい。 

  そしていよいよ、安倍元首相を「軍師」として、ロシアのウクライナ侵略に乗じた突然の「敵基地へのミサイル攻撃」保有と「核共有」発言。防衛予算を2倍の10兆円へと、恥ずかしげもなく語られるようになった。