鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

水に流す思想を排除 第132回

2023/01/25
      福島原発事故で発生した核汚染水が、太平洋の大海原に放出されようとしている。第一原発用地を埋め尽くした、一千個以上のタンク内、130万㎥もの汚染水を、東京電力は敷地内から海底に穿ったトンネルを通じて排出する計画だ。

    おもな放射性物質は「ALPS」(他核種除去設備)で取除いて「処理水」とする、と言い繕っているが、トリチウムなどはそのまま放流する。汚染水は昼となく夜となく、発生しつづけている。

    これから30年以上放出しつづけられる。トリチウムはベーター線核種だから、ガンマ線測定では検出できず、燃焼などの前処理が必要だ。だから消費者には検出できない。漁業関係者には根強い批判があるのだが、国は「風評被害」の補償金を支払うという。しかし、環境悪化はカネで解決できない。

    マーシャル諸島をはじめとする、太平洋諸島でも不安が強まっている。日本漁民だけの問題ではない。加害者が根源的な悪を水に流して解決した、というのは不合理だ。

      昨年12月。「これ以上海を汚すな!市民会議」の国際シンポジウム(オンライン)で、米・エネルギー環境研究所長のアージャン・マクジャニ工学博士は、海洋や生態、核物理などの専門家と東電の公表データを解析。

    放出する水が安全というには、サンプリング量も監視する放射性物質の種類も少な過ぎる。「生態系への影響調査の不備や、海洋放出ありきで他の有力な代替案が十分検討されていない」と指摘。

    「あらゆる選択肢を考え、リスクを最小限にする方法を科学的に検証すべきだ」と述べた(「東京新聞」ウェブ版)。

    国家や企業の行為によって、多数の被害者が泣き寝入りするのは、民主主義社会ではありえない。「黒い雨裁判」で広島地裁判決(20年7月)は、放射線被害の認定は、「影響を否定できない状況にあったことが示されれば十分」とした。

   核汚染水放出は30年を超えて行われる。30年後に判断するのではなく、放出はせず、安全に留め置く方法を考えるしかない。