鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

ハンセン病と炭鉱(下)  137回

2023/03/01
 ハンセン病元患者・金キム夏・ハイル日さんが、点字本を舌先で読み取っている「舌読」の写真は、ユージン・スミスの水俣病の少女を浴槽で抱えている母親の肖像に匹敵する、と東京新聞のコラムで紹介した。柔らかな光を浴びたシルエットが、ともに敬虔な感情をもたらしている。

    この写真を撮った趙チョウ・グンジェ根在は、姓名からも明らかなように在日朝鮮人である。中学三年から岐阜の炭坑で働きはじめた。


     それから三、四年たって、すでに一人前の炭坑労働者になったころ、「しかし、私の内部では新たな貧困と飢餓が、はじまっていました。取り残されていく不安、地底の闇からの脱出、地上へ、光への願望。陽が射し、風がそよぎ、星が輝く、そんな所。頭の上に命と闇を絶対に支配する、岩盤が覆っていない世界を渇望しました」と書いている「趙根在『地底の闇、地上の光』」。

      そのあと、たまたまハンセン病施設を訪問して、収容されていた同胞たちと会った。そのときに感じた。「太陽こそ頭上に輝いているけれど、人々は有形無形の壁に囲まれ、地底同様の闇にいるのだということでした。それは、人間として堪え難い苦しみに思われました︱この閉じ込め同然の囲いはいっそう不自然にも、不当にも思われました。わたしには、出口を開き、自由の光をあてることは全く不可能としても、願望のいくらかを伝えられるかもしれない、と思ってしまったのです」。

    こうして、すべての人々が匿名で生きている閉ざされた世界にカメラを持ちこみ、ここでの生の姿を真っ正面から撮る作品が残されることになった。人間尊厳の姿というべきか。 わたしの好きな作品は、岡山県長島愛生園と邑お久く 光明園。わたしも行った、島の写真である。1988年になって、ようやく「長島大橋」が架けられたが、絶海の孤島だった。

      そのちいさな朽ちかかった船着き場。入所者が万感の想いをこめて眺めていたであろう。その視線が感じられる。もう一枚はそこからでていく小舟を、両手を上げて見送る男の背中の写真。さざ波が嘆き悲しんでいるように見える。