鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

スパイ防止法の暗黒   第275回

2026/02/11
  スパイ。軍事機密に関わるもっとも危険なこの言葉が、奇襲作戦と言うべき「高市選挙」の期間中に広められた。高市早苗首相は「スパイ防止法の制定が急がれる」と煽ったが、根拠は示されない。 

  与党の日本維新の会ももちろんだが、野党の参政党が「スパイ防止法」の急先鋒だ。国民民主党、保守党なども、選挙公報でスパイ対策の「インテリジェンス体制整備」を強調している。まるで戦争前夜である。 

  社会の取り締まり強化は、圧政の始まりだ。戦前に猛威を振るった「治安維持法」の恐怖は、いまや忘れさられている。戦後、「破壊活動防止法」が制定され、「特定秘密保護法」や「共謀罪」も成立した。これに「スパイ防止法」が加わったら、治安維持法の再来状態だ。このコラムで「スパイとは誰のことか」(1月14日付)と書いた。「アカ」、「スパイ」など疑いでマスコミ関係者が、逮捕、拷問、獄死させられた「横浜事件」を思い起して欲しい。 

  1 9 4 2( 昭和17) 年、雑誌『改造』の8月号と9月号に細川嘉六の論文「世界史の動向と日本」が掲載されたが、陸軍報道部長谷萩那華雄中佐の逆鱗に触れ、細川は検挙、編集長と担当編集者が退社。その前年、アメリカから帰国していた研究者の川田寿・定子夫妻が、アメリカのスパイとして逮捕され、飛び火して、世界経済調査会の仕事をしていた研究者が検挙された。 

  その時押収された細川嘉六の故郷・富山県泊温泉で開かれた出版祝いのスナップ写真、浴衣がけの1枚が、「共産党再建準備会議」の証拠写真として、改造、中央公論などの編集者たちが逮捕された。 

  「小林多喜二のようにしてやる」と、丸太の上に褌(ふんどし)ひとつで座らされ、5、6人の特高が、怒号とともに壊れた椅子のかけらや竹刀などで殴りつけ、気を失うとバケツの水をかけた。

  「共産主義者であります」と書いて無理やり母印を押させ、4人が獄死した。 証拠の捏造(ねつぞう)による死刑判決は、袴田事件や菊池事件ばかりではない。スパイ罪の復活は、暗黒裁判を復活させる。