鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

絶望の再処理工場  第131回

2023/01/18
  「閣議決定」といえば、なにか政府の重大な決めごとのように思える。が、ドミノ式に解任、辞任がつづき、継ぎはぎだらけ。ひょろひょろ、へっぴり腰の、岸田浮遊内閣の決定など、実現性はすくない。

  たとえば、「原発の新・増設」。これから、どこへ、なん基建設するのか。地域独占会社で、湯水のようにカネをバラまいてきた電力会社とはいえ、将来性のない原発を、首相に言われた通り、いまから採算無視でやるのだろうか。最終処分地をどうするのか、をまじめに考えるほうが先決のはずだ。

   本命は巨費を投じてたち腐れの老朽原発を、危険をも省みず、すこしでもはやく、すこしでも永く、稼働させて元を取りたいだけだ。

  原発の最大のネックは、青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場が、にっちもさっちも行かないことだ。着工してからこの4月で30年記念になる。が、いまだに未完成の巨大施設。歴史的な建造物といえる。民間企業だが、経費は各電力会社の電気代に上乗せして、回収されている。

  だから、プルトニウムを抽出し、廃棄物をガラス固化体にして搬出する、とする工程が完成しなくとも、倒産もせず、会社は存続している。六ヶ所村は、1969年に閣議決定された「新全国開発計画」(新全総)の目玉だった。

  朝日を浴びて、太平洋に添ったひょろ長い県道を農民たちのデモ行進が行く。人びとは眩しそうに目を細めて歩いていた。はじめてのデモが恥ずかしかったからだ。「巨大開発反対」のデモだった。 

  1971年10月、県知事が村の中学校にやってきた。会場に入れないひとたちは講堂を取り巻いて声をあげていた。「だまされねーぞッ」「この山師ものッ」。

  説明会が終わって、知事が外に出てきた。ベンツの乗用車が走りだすと、後ろからこぶし2個分の石が、わたしの頭上を飛んでいった。リアウインドウに命中した。が、頑丈な窓ガラスがそれを撥ね除けた。防弾ガラスだった。

  再処理工場の前史。いま、工場は2兆円を投じてなお、立ち腐れの状態だ。