鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

デッチあげ捜査官の手口  第155回

2023/07/19
  冤罪事件は誤認逮捕からはじまる。逮捕された容疑者は、警察署の密室で、刑事たちから虚偽の自供へ誘導される。やっていないのに自白するわけはない、とだれでもが考える。が、刑事たちは執拗で捕らえた獲物に供述調書への署名、指印をさせてしまう。 

  彼らは自分たちに不利な証拠は隠蔽し、有罪の証拠を偽造する。その結果、死刑の宣告を受ける。非人間的な、不条理のドラマだ。「みそタンクには何もなかった」。1966年、清水市(現静岡市)での一家四人強盗殺人事件で、現場を捜査した静岡県警の元刑事が東京新聞記者に語った(6月30日付け)。 

  逮捕されていた袴田巌さん(87歳)は、東京でプロボクサーになっていたが、清水市のみそ製造工場ではたらいていた。「ボクサー崩れ」との賤称が容疑者にされた理由だ。逮捕理由はパジャマに付いていた血痕が、被害者の血痕と一致する、だった。 

  が、逮捕の翌年、みそタンクから、白ステテコ、白半袖シャツ、ズボン、緑色のパンツの5点が発見された。検察は犯行時の着衣をこれまでのステテコから、5点の衣類に替えた。みそ工場の労働者が、自分たちがつくった商品「みそ」の中に血で汚れた下着を捨てようと思うかどうか。 

  当時、捜査を担当した刑事が、べつの警察署に移動していたが、みそタンクから着衣が出てきた、とのニュースを聞いて「なんであんなものがでてくるのか」と驚いた、という。 

  着衣に付着していた血痕の色は、事件から1年が経って発見されたにしては、「赤み」が残っていて不自然だった。袴田さんが逮捕されたあとに、第三者が入れた可能性を否定できない。「第三者は捜査機関の可能性が高い」というのが、再審開始を決定した東京高裁の判断だった。 

  容疑者の着衣に警官が血痕を付着させた例としては、「弘前事件」(教授夫人殺し、1945年)がある。狭山事件では石川一雄さん自宅の鴨居に被害者の万年筆があったとされてきた。が、それは被害者のものではなく、別物の万年筆を三度目の家宅捜査時に捜査官が置いたとしか考えられない。