鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

永山則夫の復活(下)  第175回

2023/12/20
  永山則夫の背後には、射殺された4人とその家族の影が絡みついている。タクシー運転手とガードマン。被害者には扶養すべき家族がいた。獄中で被害者の家族に想いを馳せるようになるには、かなりの時間が必要だった。 

  事件から1年と少し、1970年1月。永山はノートに書きつけた。「このような大事件を犯さなければ、一生涯唯の牛馬で終ったであろう」(『無知の涙』)。「連続射殺魔」として恐怖された殺人者の素顔は、まだ自分を発見できていない、19歳だった。 

  父親は腕のいい林檎の樹の剪定師だった。出征前は酒を飲まなかったが、戦地から帰ってから酒と賭博に明け暮れ、家族を捨て、行路死者として果てた。海軍海兵団時代のトラウマ(PTSD)だった。 

  母親は4女4男と孫を抱えた網走の生活に行き詰まり、則夫など4人の子どもを捨てて、板柳町(青森県) へ帰った。4歳の則夫など子ども4人だけで網走の厳寒を越えた。このネグレクトが兄たちのDVを激しいものにした。 

  国鉄五能線・板柳駅すぐ傍、木造2階建てのハーモニカ長屋は、引き戸を引くとすぐ6畳一間。2階にもう一間があった。貧困と暴力といじめ。それでも兄姉たちの学校の成績はよかった。則夫は中学校では長欠児童だった。が、集団就職で上京のあと夜間高校に入学、向学心は強かった。 

  永山則夫はなぜ犯罪者になったのか。永山の柔らかなこころは、獄中結婚した「ミミ」との往復書簡集『死刑囚 永山則夫の花嫁』(嵯峨仁朗編)にもよくあらわれている。なぜ殺したか。それよりも、なぜ殺されたのか、の方が判りやすい。

  「妄想の肥大などの病的症状」を指摘するのは、弁護士の大谷恭子さんである。これ以上時期をおけば刑の執行は難しくなる。「人格崩壊の前に執行する必要がある。いまが執行のラストチャンスだ」(『死刑事件弁護人』)。未成年でも死刑にする国家。永山はその最初の犠牲者だった。国家は治安のために平気で人を殺す。予防殺人。イスラエルの首相もそれを実施している。