今週の新社会

「3.11」から10年 上
時間が止まった町 福島の被災地から

2021/03/09
表:震災後の福島県内児童虐待件数

子どもの世界に異変
辛いマイナスからの積み上げ
 
蟻塚亮二医師の報告

 死者・行方不明者、関連死を含め2万2167人が犠牲となった東日本大震災と福島第一原発事故から3月11日で10年。今なお、事故や避難生活で起きる精神的な後遺症に現地で取り組む蟻塚亮二医師の寄稿を3回で掲載する。

 去る2月13日深夜に起きた震度6強の地震は被災地の人々を震えあがらせた。多くの人が眠れなくなり、10年前の震災の記憶に連れ戻されて不安感に満たされた。

 同時に、原発格納容器の水位低下と圧力低下の事実が、例によって何日か遅れて公表された。そして相変わらず「外部への放射性物質の漏れはない」と発表された。

 しかし、安全神話を繰り返した挙句に事故を起こした東電の発表はにわかには信じられない。水位低下のために今も1時間当り3トンの水を注いでいるというが、この先水素爆発などの破局的な事態が来ないとは限らない。

 一体いつまで原発の心配をしなければいけないのか。一体、いつまで危険と隣り合わせに生きなければいけないのか。憲法で保障されている居住の自由が、被災地では脅かされている。

 被災地の人々は、「震災も辛かったが、震災の後に生きるのがもっと辛かった」と言う。あの日まで人々は、平和な日々が続くと信じていた。何歳になったら何を、何歳になったら孫の世話をと、時系列に応じた心積もりをしていた。

 しかし、震災と原発事故によって人々の「時間は止まった」。息子夫婦は他所の土地に暮らすようになり、平和な日に描いた心積もりは壊れてしまった。だからこの10年は、マイナスから積み木を積み直す日々だった。

 震災も辛かったが、震災後に積み木を積む作業も辛かった。そして、人が歩いていない町を見ると、被災地ではまだ「マイナスからゼロ」に戻っていないとの思いを強くする。

 中学・高校生の不登校が増えており、児童虐待が増えた。20歳以下の若者の自殺が2018年度には全国一になった。高校生が、以前のような偏差値の高い大学に挑戦しなくなったと塾の教師は言う。ほどほど安全に入学できる大学を選び、将来は公務員になるという高校生が多くなったのだという。

 子どもの世界に何か異変が起きているのであろう。と言うことは、大人たちの生活が震災後に不安定になっているものと思われる。
 
ありつか・りょうじ
1947年生まれ、弘前大学医学部卒、精神科医。弘前市内の藤代健生病院院長、沖縄県那覇市の沖縄協同病院などを経て、13年から福島県相馬市の「メンタルクリニックなごみ」院長。震災や原発事故、避難による遅発性PTSDに取り組む。