鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

東京地裁裁判官の勇気  第124回

2022/11/16
  話しはやや旧聞に属するが、7月中旬、東京地裁は「東電株主代表訴訟」で旧東電幹部にたいして、13兆3210億円の損害賠償金の支払いを命じた。

  日本産業史のなかで経営者の責任を明確にした、歴史的快挙、金字塔ともいえる判決だった。 

  10月下旬に発行された、そのものズバリ『東電役員に13兆円の支払いを命ず』(河合弘之・海渡雄一・木村結編、旬報社刊)は、この裁判の意味をよく伝え、これからはじまる控訴審への支援を呼びかけている。 

  このなかで、昨年10月、裁判官らが「現地進行協議」として福島第一原発建屋内の見学ばかりか、地元町村の避難者の状況などの説明を受けたという。その悲惨な報告が、裁判官たちの胸を打ったのは想像に難くない。 

  福島原発事故は、日本の国土を破壊した大事故だった。11年がたってもいまだに立ち入り禁止地域があり、その周辺の田畑や森林は放射能によって汚染され、住民はもどっていない。この惨状は経営者の「不作為」の結果によってもたらされたものだ。

  13兆円という金額は会社ばかりか、自然界に与えた損害を考えただけでもけっして高くない。 

  もっとも危険な物質をあつかいながら、惰性と怠慢によって、その場しのぎの管理をしていた責任は甚大だ。人間社会を無視した加害は償わなければならない。一罰百戒と言うべきか。 

  15・7メートル以上の津波が襲来する、とした社内グループの進言を無視した「不作為」は、「原子力事業者及びその取締役として、本件事故の前後で変ることなく求められている安全意識や責任感が、根本的に欠如していたものといわざるを得ない」(判決文)。 

  この判決の1カ月前の6月、刑事事件の判決で最高裁は、国の国家損害賠償責任を否定する判決をだしている。それだけに東京地裁(朝倉佳秀裁判長)の判決の勇気は気高い。 

  本書で、最高裁判決の誤りは、原判決が津波対策で「防潮堤」ばかりか、構造物自体の「水密化」も必要だ、としていたことを理解できない、と批判している。