鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

教員支配の行き着く先  第157回

2023/08/02
  長時間労働、過労死など、学校現場の悲惨な状況が、最近よく伝えられている。「小学校教員の競争率過去最低」との記事は、全国で「教員不足」となっていることへの警鐘だ。 

  子どもたちと一緒に過ごす。将来への夢を育てる。小中学校の教員の夢は、これからの社会と関わる大事な仕事だ。ところが、現在、教員志望者が減りつづけ、せっかくなったにしても、一年以内に退職する新任教諭がふえている。 

  昔の教員は牧歌的だった。「デモ、シカ教員」といわれ、先生にデモなるか、教員シカない、と就職口のひとつだった。それにしても、なってしまえば、子どもたちの世界が、教員の人間形成に影響を与えた。 

  教育が「聖職」とか、「愛国心の涵かん養」など、政治利用の道具にされると退廃する。学校現場が窮屈なものになってしまったのは、自民党の支配が強まったからだ。いまの志望者激減は、民間企業並みの支配と労働強化によっている。 

  わたしは40年前に『教育工場の子どもたち』(岩波書店)をだした。管理教育のまっさかり。教員たちが校門の前で、登校してくる生徒たちをつかまえて、スカートの丈をはかったり、髪の長さをチェックしたり。非行化は服装からはじまる、と信じられていた。「校則」がきびしかった。 

  あのころから、学校が「共育」から「管理」の道具にされ、教員たちの余計な仕事がふえた。教育の憲法というべき理念が掲げられた教育基本法が、教育支配法にかえられたのは、2006年、第一次安倍内閣が成立してからだった。 

  そして09 年、教職員免許法の改悪で、教員免許を10年間の有効期間とした。労働現場とおなじ、非正規化を狙ったのだから、犯罪的だった(昨22年に廃止)。 

  教育を支配の道具にしたのは1941年。日米戦争を背景に、尋常小学校を「国民学校」に改名し、戦争にむかう「少国民」を育成する教育がはじまった。軍人化教育の徹底だった。 

  いま、教員志願者を減らしているのは、自民党と財を減らしているの界による教育支配が、学校現場の自由を奪っているからだ。