鎌田 慧 連載コラム
「沈思実行」

虐殺を見殺しにできない  第172回

2023/11/22
  この稿が紙面化したころ、ハマス側に捉えられている、イスラエル側の人質のなん人かが解放され、イスラエルのガザ侵攻はつかの間の休戦になっているかもしれない。 

  10月7日のハマスの残虐な奇襲は、支持できない。しかし、それを理由にしたイスラエル軍の報復攻撃は、すでに1万人以上のガザ市民を殺害し、さらに出口を封鎖し、空からミサイルを浴びせつづける、過剰というべき徹底攻撃だ。 

  住居が破壊されたばかりではなく、水も食糧も電気も圧倒的な欠乏状態、巻きぞえになって死亡した子どもたちは4千人以上という。 

  外国のこととはいえ、これ以上の殺戮は見逃せない。せめて国際的な停戦の声に繋がろう、と友人たちとイスラエル大使館前集会をひらくことにした。 

  東京新聞の連載コラムでその計画を紹介すると、「たんぽぽ舎」などのインターネット通信に転載され、200人か300人との想定をはるかに上まわって、2千人ほどが集まった。遠い国とはいえ、虐殺行為にじっとしていられない人たちが、いかに多いかをしめしている。 

  わたしたち日本人も、無謀な戦争に引きずられて、東京など大都市の空襲を受けた。さらにヒロシマ、ナガサキでの大虐殺を受け、いまなおトラウマなどもふくめて、その被害に苦しんでいる。 

  アジア・太平洋地域でおこなった戦争犯罪、そして反撃としての大空襲の悲惨。それ以来、いまなお、アメリカの支配がつづく。が、「戦争は絶対させない」というのが、戦争の反省であり、平和憲法がその誓約だ。 

  安倍内閣以後の好戦内閣は、ロシア、イスラエルの戦争に乗じて、アメリカの戦争に加担する道に進もうとしている。が、日本の憲法は世界が「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」と確認している。 

  「いずれの国家も、自国のことにのみに専念して他国を無視してはならない」。平和主義は、自国のことばかりではない。国際的な平和があってこそ自国の平和がある。それが憲法の教えなのだ。